岩手県花巻市にある富士大学。
2年前の全日本大学野球選手権では準優勝。
2年ぶりの出場となった今年は、初戦の近畿大学工学部戦を泰・ブレークの末破って準々決勝にコマを進めてきました。
3月11日の東日本大震災の時は、名古屋で社会人とオープン戦を戦っていました。
発生当日は取りたい連絡の取れない中、関東に移動。
家族の安否確認の中では、父親を亡くした部員もいました。
大学本部からの指示は、「ライフラインがダウンしている中で帰ると、二次災害にあう可能性があるから、花巻に戻らないように」でした。
遠征日程を2週間近く伸ばしたものの、野球に打ち込みきれない日々があったことは想像に難くありません。
東北地区の連盟は三つ。
それぞれの連盟が、リーグ戦をやるべきか、やるとしても通常開催ができるのか、などぎりぎりの判断の中で工夫を凝らして全日本選手権の出場校を決めてきました。
東北福祉大、東日本国際大、そして富士大。
最後に残っていた富士大が今日敗戦。
「被災県岩手に、東北に、勇気というか、元気というか、希望を届けたかったんですが…。負けてしまいました。すみません」
富士大学の青木監督の言葉です。
宿舎に帰るバスに乗り込む選手は、目を真っ赤にしていました。
スポーツだから勝敗があるのは当然。その中でどれだけの自分を出し切るか、それが人の心を動かすのだと思っています。
目を真っ赤にしながら唇をかみしめている選手の姿を見たとき、彼らのプレーは何かを届ける力を十分に持っていて、発揮できていたと感じました。
勇気、希望、元気。
きっと届いたと信じています。