勝負根性
2010年08月26日千葉マリンでの千葉ロッテ対埼玉西武3連戦は千葉ロッテの3連勝。
首位だった西武は3位に転落しました。
今日の試合後の渡辺監督は、「気持ちの問題。勝負根性が足りない。大事なところでフォアボールを出して、ベンチを見るなんて話にならない」と、勝利にかける気持ちが届かないことに歯がゆさをにじませました。
最近の風潮として、「根性論の否定」があります。
でも、勝負師のコメントで良く出てくるのは、「〇〇したいという気持ちだけでした」という思いの強さを強調するコメント。
「念ずれば通ず」など、「こうしてやろう」とか、「こうしたいんだ」という強い思いが生み出す力は大切です。
しかし、そんな思いの裏付けはそこまでの過程です。
プロスポーツ選手であるなら、その舞台に登場するまでの練習でしょうし、私たち実況アナウンサーなら、資料作りを含めた準備作業です。
かつて広島東洋カープは「日本一厳しいキャンプ」と言われていましたが、他球団から移籍した選手に言わせると、そうでもなかったようです。
ただ、息が上がるほどへとへとになって体の本能で反応するほど追い込むということが他球団にない練習だったのです。
Jリーグ草創期にサンフレッチェ広島で活躍した盧廷潤選手が私に「新人選手が、居残り練習するのがわからない。通常練習でへとへとになるまで真剣に取り組んでいない証拠ではないか」といったことがあります。
極限まで追い込むことによっていざという時の開き直りだったり、踏ん張りがきくんだろうと思います。
わたしも、入社2年目に試合開始が夕立のために1時間27分遅れた試合で、スタメン発表もない中、雨降り仕切る広島市民球場を1時間しゃべり続けたことがあります。
「生放送のハプニングは好き」な私ですが、入社2年目でそんな状況をこなしきれるほどの資料は正直言って持ち合わせていませんでしたから、必死に自分の覚えている限りのことを絞り出しながら対応しました。
「何が起こっても、どんな状況でも、多少不安定であろうと、実況仕切る」という勝負根性はその時をきっかけに身についてきたと思います。(なにかあっても乗り越えるための準備をすることの大切さを知ったことが大きいのです)
「練習のための練習ではなく、本番のための練習をしろ」新人アナウンサー時代によく言われました。
いたずらに時間をかけるて「練習しています」のポーズをとるよりも本番を想定し、その練習に意味を持たせることの大切さを教えていただいたと思っています。
要は「質」だけど、その質を身につけるためには、「意識」と「時間」の両方が必要ではないかとも思います。
渡辺監督の言う、「勝負根性」はこんな裏打ちを求めているのではないか、とも…。
ライオンズの選手の練習がおざなりだと言うつもりはないが、いざという時に自分を信じきれない練習だとするなら…。
ここまで首位争いを続けているチームがそうであるはずはないと思うのですが…。
セ・リーグの下位球団を見ると、「あるいはこんな傾向があるのかもしれない」と思ってしまいます。