当たり前にあるもの
2010年07月31日旧広島市民球場。
被爆地広島の戦後の復興のシンボル。
50余年にわたって原爆ドームの向かい側に当たり前のように建ち続け、広島市民が心から支え続けたカープの試合を見守り続けていたこの球場が取り壊される広島市議会決議が先日なされました。
この球場の建設には地元民が手弁当で昼夜を分かたず参加したと聞きます。
カープを立派な球場で試合をさせて、そのエネルギーを自分たちの復興の糧にしようという思いが連綿と受け継がれてきた場所です。
この球場はいつも書きますが、平和公園の原爆ドームの向かい側にあってこそ、「スポーツという平和でなければ享受できない娯楽を守り続けてきた平和の象徴」だと思います。
広島市が「市史」を編纂するときに必ず書かれるのは「世界初の被爆地」ということ。
そこから復興していく中のシンボルであった「カープ」のこと。ということは当然この球場も登場するはずです。
この球場は今日も当たり前のように立っていました。その前を行き交う人も当たり前の風景の中に存在していました。
その当たり前にあるものがいとも簡単に取り壊されようとしているというのです。
ふと思い出したことがあります。
福岡に「ライオンズ」というプロ野球球団がありました。
プロ野球球団があるという当たり前の日常が1978年、突然日常ではなくなったのです。
ライオンズは埼玉へ移転し、福岡の街から姿を消したのです。
突然襲ってきたプロ野球のない日常は「さびしい日々」だったそうです。
幸いにも福岡には1989年「ホークス」というプロ野球球団がやってきました。
再びプロ野球がある日常がやってきました。
福岡の人たちはホークスを大切にしています。
球場は取り壊すと元には戻りません。
だから、軽々に取り壊してはいけないのです。
広島市がオリンピック開催地に立候補しようという動きがあります。
日本開催となるわけですから、メダルの期待できる「野球」や、「ソフトボール」を競技として復活させようという動きが大きくなることが予想されます。
野球界は2016年オリンピック復活を目指す取り組みを行っています。
そのために「野球」と「ソフトボール」を別の種目とせずに一つの競技として、その男子の部女子の部という形にしてでもという取り組みも視野に入れています。
そんな動きがあった時に競技場として、この球場は大きな役割を持つ可能性もあります。
今の広島市民球場(マツダスタジアム)は内野に天然芝が敷き詰められているため塁間の違うソフトボールはできないからです。
立候補できるかどうかを探る中で、どんな競技が開催できるかも探る必要があります。
その結論が出るまで、この球場の去就に関して熟慮に熟慮を重ねても決して遅くはないと思います。
今の広島市民球場は芝の保護という観点から一般利用日数が、旧広島市民球場に比べて激減しています。
今年の高校野球では、高校球児が、応援の生徒が、いつもの夏の風景を堪能しました。
当たり前の風景を当たり前に残すことも大切な役割であり、平和の歴史を見届けてきたこの球場はそれにふさわしいものだと感じています。
跡地利用は公園として整備するということですが、それなら野球以外の娯楽(スポーツ)も堪能できる施設としてこの球場の匂いを残して再整備する方法も考えても決して無駄ではないのではないでしょうか?
公園にするとキャッチボールすらできなくなりますから…。
平和が当たり前の風景になることを願いながらそんなことを改めて思いました。