1月1日から更新が滞りました。
この間、いろんな人と再会しました。
広島時代に取材でお世話になり、今は名古屋にいる元ハンドボール選手。
30年近くぶりに会う友人を含めた小学校時代の仲間。
20数年ぶりに連絡をくれた高校時代の友達。
いろんな「再び」を感じながら、
フリーになって丸5年の垢を落とそうと、生活環境や気持を区切るのに時間がかかってしまいました。
その間に、野球界ではいろんな人が涙の向こうに行ってしまいました。
いろんな思いがわいてきて、書きたいのに書けない状態になったのも事実です。
「誰かのため」というのは不思議な力をもたらすことがありますよね。
昨年末に行われた12球団ジュニアトーナメントでは
決勝に進んだホークスジュニアとジャイアンツジュニアの双方に
直前でインフルエンザや骨折という事態に見舞われ、参加できなかった「仲間のため」という思いが決勝進出を果たす大きな原動力になりました。
95年の阪神大震災直後には「がんばろう神戸」の合言葉で、「神戸の人のために」とオリックスが日本一
今年のNFLでは、セインツがスーパーボールに進むと、「カトリーナの被害者のために」と盛り上がり、見事全米チャンピオンになりました。
自分を磨く意識は自発的に出て来なきゃいけないけど、「自分のため」だけでなく、「誰か」自分を奮起させてくれる存在は、大切ですね。
このひと月に再会した旧友の一言一言が私にリスタートをさせる言葉を多くかけてくれました。
きょうは、ほぼ一年ぶりの再会をした人がいます。

ビオラ奏者の沖田孝司さん
この3月いっぱいで一般貸し出しを止める、日本大学カザルスホールでコンサート。
沖田さんは、広島を本拠に「マイ・ハートコンサート」を開き、リーズナブルで親しみやすいクラッシックコンサートを展開。
その原点はドイツ在住時代に様々な国の人から「ヒロシマ」(最初の被爆地広島を世界的にはカタカナで表現する手法があります)のことを尋ねられて、「広島」ではなく、「ヒロシマ」を意識した活動をされている沖田さん。
広島時代から可愛がっていただき、私がフリーになってからも気にかけてくださっている方です。
毎年12月には広島市内の旧広島市民球場横のデパートのすぐ近くでクリスマス合唱会を主宰し、音楽を通じて平和を訴える沖田さん。
私は伝え手として、報道者としての原点である原爆ドームの横に立つ旧広島市民球場を思い出しました。
旧広島市民球場は、戦後広島復興のシンボルとして、悲惨な思い出の原爆ドームの前でスポーツという平和を享受する場として静かに人々の思いを見届けてきました。
広島市は解体し、その椅子や、フェンスをオークション売却する方針だと聞きました。
その跡地には折り鶴公園施設(平和を願う声を届けてもらうという意味でしょう)の整備だとか…
それに反対する市民運動の声はかなり前から上がっています。
平和を発信する都市が、その平和を60年近く享受してきた象徴の施設を取り壊して、
平和を渇望する世界中の「誰かのため」に発信する力になるのだろうか?
今年は改めて野球を含めたスポーツだけでなく、ニュースに対する見方をなるべく多角的に考えたいと思ったこのひと月。
しばらく滞りましたが、ブログ更新再開をここに宣言します。
(久しぶりに書いたら、力が入りすぎて大仰になりましたが、次の更新はキャンプリポートだと思います)